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十一月四日 まだ撮っていない写真

2026年11月04日 21時48分

あなたの落とし物、預かっています

十一月四日 まだ撮っていない写真

修学旅行でなくしたカメラが、十七年後に戻ってきた。

使い捨ての、安いフィルムカメラだった。

三日目の朝、旅館の部屋で見たのを最後に、どこかへ置き忘れた。

友人たちと撮った写真が入っていた。

帰宅してから何度か旅館へ電話したが、見つからなかった。

そのカメラを預かっている、と連絡が来た。

「フィルムは、まだ入っていますか」

私が尋ねると、女は答えた。

「お預かりしたときのままです」

*

保管所の場所は、職場の近くだった。

こんな所に事務所があっただろうか。

曇りガラスの扉には「お受取り」と書かれていた。

渡されたカメラには、青い油性ペンで私の名前があった。

友人のものと間違えないよう、出発前に書いた名前だった。

間違いなく、私のカメラだった。

残り枚数の小窓は「1」。

あと一枚、撮れる状態だった。

「一緒に見つかった物はありますか」

受取票の端に、そう聞くよう鉛筆で書いてあった。

女はカメラを見た。

「こちらには、まだ入っておりません」

変な答えだった。

「何がですか」

女は受取用紙を差し出した。

私は聞き返すのをやめ、署名した。

*

十七年も放置されたフィルムだ。

何も写っていないかもしれない。

そう思いながら、知り合いの写真店へ持ち込んだ。

店主は、カメラをひっくり返して確認した。

「一枚、残ってるね」

「そのまま現像できますか」

「できるよ。最後、何か撮っておく?」

私は首を振った。

昔の写真に今の写真が混ざるのも、おかしな気がした。

店主は笑った。

「じゃあ、空のままで」

*

翌日、写真を受け取った。

色は少し褪せていたが、驚くほどよく写っていた。

駅のホーム。

新幹線で菓子を食べる友人。

寺の階段。

宿の夕飯。

懐かしくて、私は写真店のカウンターで一枚ずつ見た。

だが、途中から覚えのない写真が混ざっていた。

旅館の廊下。

非常口。

従業員用の階段。

誰かが、夜中に歩き回りながら撮ったようだった。

私はそんなことをしていない。

「友達に貸したんじゃない?」

店主が言った。

その可能性はあった。

部屋では、鞄を開けたままにしていた。

誰かが勝手に使ったのかもしれない。

最後から二枚目は、倉庫の写真だった。

金属の棚が並び、箱が積まれている。

傘。

靴。

鞄。

どれも一つずつ、白い札がついていた。

最後の一枚を見て、私は指を止めた。

写真店だった。

今、立っている場所。

カウンターの奥で、店主が機械へフィルムを通していた。

*

「これ、撮りました?」

私は写真を差し出した。

店主が眼鏡を直した。

「俺だね」

笑ってから、顔を上げた。

「誰が撮ったの?」

写真の中の店主は、今日と同じシャツを着ていた。

背景のカレンダーも、今月だった。

機械の横には、私が昨日置いていったカメラの外装があった。

「最後の一枚、撮ったんですか」

店主は首を振った。

「撮ってないよ。そのまま開けた」

私たちは写真を見た。

撮影位置は、店主のすぐ背後だった。

そこには壁があった。

人が立てる隙間はなかった。

*

店主が、保管していたカメラの外装を持ってきた。

残り枚数の窓は「0」になっていた。

「巻き上げた覚えもないんだけどな」

彼はネガを確認した。

最後のコマに、確かに写真店が写っていた。

その手前は、倉庫。

さらに手前は、階段だった。

私は順番に並べ直した。

旅館の廊下。

非常口。

階段。

倉庫。

写真店。

移動していた。

誰かが、カメラを持って歩いていたのではない。

どの写真にも、手前に同じ物が写っていた。

青いペンで書いた、私の名前。

カメラの角だった。

「このカメラが、写ってる」

店主が小さく言った。

私は一枚目から、もう一度見直した。

友人を撮ったはずの写真にも、端の方に、カメラを持つ私の手が写っていた。

私が撮った景色を、少し後ろから撮っていた。

最初から、ずっと。

*

写真の枚数を数えた。

二十七枚だった。

私はネガの番号を見た。

最後は二十六。

店主も気づいた。

「一枚、多いな」

もう一度、写真を重ねた。

一枚だけ、縁の幅が違っていた。

写真店を写した、最後の写真だった。

裏には印字がなかった。

店主がプリントした写真ではなかった。

「いつから入ってた?」

私は答えられなかった。

受け取ったときには、もうあった。

写真の中の店主が、先ほどより少し横を向いていた。

私は写真をカウンターへ置いた。

店主も、手を離した。

誰も触っていない写真の中で、彼の顔がゆっくり動いた。

背後を、見ようとしていた。

*

保管所へ電話した。

女はすぐに出た。

「カメラから、写真が増えているんです」

「最後まで現像されましたか」

私は写真を見た。

中の店主は、ほとんどこちらを向いていた。

現実の店主は、私の隣に立っている。

二人の目が、もうすぐ合いそうだった。

「はい」

女が、静かに言った。

「では、お迎えに上がります」

「何をですか」

女は答えた。

「一緒に見つかったものです」

*

店主が、ネガを机の明かりへかざした。

「こっちにも、いる」

私は見たくなかった。

だが、店主の手が震えていたので、支えた。

旅館の廊下を写したコマ。

その端に、人影があった。

次の階段にも。

倉庫にも。

どれも同じ人物だった。

写真店を写した一枚にだけ、その姿はなかった。

私は店主を見た。

彼はネガを持ったまま、後ろを振り返ろうとしていた。

「見ないで」

私は腕をつかんだ。

店主が止まった。

背後の壁で、シャッターの音がした。

カシャ。

店主の手から、ネガが落ちた。

私は床へしゃがんだ。

拾おうとした瞬間、もう一度、音がした。

カシャ。

*

顔を上げると、店主がいなかった。

カウンターの奥にも、現像機の前にもいなかった。

店の入口は閉まったままだった。

私は名前を呼んだ。

返事はなかった。

床に、一枚の写真が落ちていた。

私がしゃがんでいるところを、背後から撮った写真だった。

その隣に、店主が立っていた。

こちらへ手を伸ばしていた。

口が開いていた。

その後ろに、灰色の制服の女がいた。

店主の肩に、白い札をつけていた。

私は写真を裏返した。

〈未受領品 一点追加〉

その下に、鉛筆の文字があった。

〈写真は、見つけた場所の記録ではありません〉

〈こちらへ来るまでの道順です〉

私は写真を伏せた。

店の奥で、巻き上げの音がした。

なくしたカメラは、二十七枚撮りだった。

写真店へ持ってきたとき、残りは一枚だった。

今、私の手元には、二十八枚の写真がある。

それでも、巻き上げの音は止まらない。

 

 

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