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【考察】エレンの「自由」は、ヘーゲルの弁証法で見るとどうなるのか

2026年08月23日 18時15分

 

 

昨日はヘーゲルの弁証法について、「矛盾や対立は、物事を終わらせるものではなく、次の段階へ進むための原動力になる」と説明した。

 

 

そしてヘーゲルにとって、特に重要だったのが「自由」という問題だ。

 

 

今日はそこから一歩進めて、『進撃の巨人』のエレンをヘーゲルの弁証法というレンズで見てみたい。

 

 

もちろん、諫山創先生がヘーゲル哲学をそのまま意識してエレンを描いた、と言いたいわけではない。

 

 

あくまで哲学の考え方を使って作品を読むと、エレンの「自由」がかなり違って見えてくる、という話である。

 

 

最初のエレンにとって、自由とは「壁の外に出ること」だった

 

 

物語の序盤、エレンはとにかく壁の外に憧れている。壁の中に閉じ込められ、巨人に怯えながら生きることを「不自由」だと感じていた。

 

 

だから彼にとって自由とは、とても単純だった。

 

 

壁の外に出ること。

知らない世界を見ること。

自分の意思で行きたい場所へ行くこと。

これは、昨日の話でいうところの最初の「テーゼ」として考えられる。

 

 

 

 

「自分は壁に閉じ込められている。だから壁の外へ出れば自由になれる」

エレンの自由に対する理解は、最初はかなり素朴だった。ところが、壁の外へ出たことで、その考えは完全にひっくり返される。

 

 

 

壁の外にあったのは「自由」ではなく、別の世界だった

 

 

エレンたちが壁の外へ出て知ったのは、そこにも人間がいて、国家があり、歴史があり、憎しみがあるという現実だった。

 

 

 

つまり、「壁の中=不自由」「壁の外=自由」という単純な構図が成立しなくなった。むしろ壁の外にも、別の壁があった。物理的な壁ではなく、民族、国家、歴史、思想によって作られた壁だ。

 

 

 

ここでエレンの最初の「自由」という考えに矛盾が生まれる。外に出れば自由になれると思っていた。でも、外に出た先にも自由を阻むものが存在していた。

これが、ヘーゲル的に見るなら「対立」の始まりになる。

 

 

そしてエレンは、この矛盾を解決しようとする。「じゃあ、全部壊せば自由になれる」

 

 

 

ここからエレンの自由は、少しずつ危険な方向へ変わっていく。

 

 

 

自分を縛るものが壁なら壁を壊せばいい。

壁の外に敵がいるならその敵を倒せばいい。

敵の背後に国家があるなら、その国家を壊せばいい。

 

そして最終的には、「自分たちを脅かす世界そのものを消してしまえばいい」というところまで行ってしまう。

 

 

 

これは非常に皮肉な話だ。

最初のエレンは、「自分を自由にしてくれ」と願っていた。ところが最終的には、自分の自由を実現するために、他者の自由を奪う側へ回ってしまう。

 

 

 

 

つまり、「自分の自由」と「他人の自由」が衝突する。

 

 

 

昨日説明したヘーゲルの弁証法をここに重ねると、かなり分かりやすい。

 

 

最初のエレンは、「自分が自由になりたい」という立場にいる。

 

 

しかし、その自由を徹底的に追求すると、「他人もまた自由を求めている」という事実とぶつかる。

 

 

自分だけが自由になることは、他者から見れば抑圧になる。エレンは、この矛盾を自分自身の中に抱えることになる。

 

 

エレンは「自由のために自由を奪う」という矛盾に到達した

 

 

ここが、エレンというキャラクターの一番面白いところだと思う。

 

 

エレンは自由を求めている。しかし、その自由を実現するために、他人の自由を奪う。

 

 

つまり、自由を求めることそのものが、自由を奪う行為になってしまう。

 

 

普通なら、ここで「じゃあエレンは自由じゃなかった」と結論づけたくなる。でもヘーゲル的に考えるなら、もう少し面倒な話になる。

 

 

 

なぜなら、エレンは「自由ではないから自由を求めた」のではなく、自由を求めた結果、自分自身が別のものに縛られていったからだ。

 

 

敵を倒さなければならない。

仲間を守らなければならない。

未来に起こることを知っている。

そして、その未来に向かって自分自身が進んでしまう。

 

 

 

エレンは自由を求めれば求めるほど、自分自身の選択に縛られていく。これが、彼の最大の矛盾だと思う。

 

 

 

未来を知っているエレンは、本当に自由なのか

 

 

さらにややこしいのが、エレンが未来を知ってしまうことだ。未来を知ったから、その未来を避けることができるのか。それとも、未来を知ったからこそ、その未来へ進んでしまうのか。

 

 

エレンは未来を知り、自分が何をするのかも理解している。

 

 

それでも、その道を進む。ここには、「自分で選んでいる」という感覚と、「最初から決められていた」という感覚が同時に存在する。普通なら、この二つは矛盾する。

 

 

 

自由なら決められていないはずだし、決められているなら自由ではない。しかしエレンは、その矛盾した状態の中で行動している。

 

 

 

そして、ここがヘーゲル的にかなり面白い。エレンの自由は、「何にも決められていない自由」ではない。自分を取り巻く歴史や未来、他者との関係をすべて背負ったうえで、それでも自分の意思として選択する自由になっている。

 

 

 

ただし、その選択が正しいとは限らない。自由だからこそ、間違えることもある。

 

 

 

エレンは自由になったのか

 

では結局、エレンは自由だったのだろうか。

 

私は、「自由だったが、自由になったわけではない」というのが一番近いと思う。エレンは最後まで、自分の意思で選択している。だから「完全に操られていた」と考えるのは少し違う。

 

 

一方で、その選択は未来や過去、仲間、敵、歴史など、無数のものに影響されている。

 

 

つまり、完全に何にも縛られていない自由ではない。そもそも、そんな自由は存在しないのかもしれない。

 

 

人間は必ず何かとの関係の中で生きている。

家族がいる。友人がいる。社会がある。過去がある。自分が積み重ねてきた経験がある。

 

 

その全部から完全に切り離されて、「何の影響も受けずに自分だけで選ぶ」ことなんてできない。だからこそ、ヘーゲル的な自由は「何にも縛られないこと」とは少し違う。

 

 

自分を縛っているものを理解し、その関係の中で自分自身の意思を持つことそう考えると、エレンはまさにその矛盾の中にいる。

 

 

そして、エレンの自由は「完成」したのか

 

ここで昨日の弁証法の話に戻りたい。

弁証法では、矛盾は単純にどちらかを消して終わりではない。対立を経験することで、最初には持っていなかった新しい理解へ進んでいく。

 

 

エレンも、「壁の外に出れば自由」というところから始まり、「外の世界にも敵がいる」「自分の自由と他人の自由は衝突する」「未来さえも自分を縛る」という矛盾を経験していく。

 

 

最終的にエレンがたどり着いた自由は、最初に夢見ていたものとはまったく違う。

 

 

だから、『進撃の巨人』をヘーゲルの弁証法という視点から読むなら、エレンの物語は単なる「自由を求める少年の物語」ではなく、「自由とは何なのかを、自由を求める過程そのものによって問い直していく物語」として見ることができると思う。

 

 

まとめ

 

エレンの最初の願いは、とても単純だった。

「壁の外へ行きたい」

 

でも、外へ出たことで世界の構造を知り、今度はその世界そのものが自分の自由を邪魔していることに気づく。

 

そこで世界を変えようとする。

 

 

しかし、その結果、自分が他人の自由を奪う側になってしまう。

 

つまり、

自由を求める

他者の自由と衝突する

自分自身が新たな制約に縛られる

という矛盾が生まれる。

 

これをヘーゲルの弁証法という視点から見ると、エレンの物語は「自由を手に入れる物語」というより、自由という言葉そのものが、物語が進むにつれてどんどん複雑になっていく物語だと言える。

 

 

そして一番皮肉なのは、エレンが最後まで自由を求め続けた結果、自由を奪う側にもなってしまったことだ。自由を求める者は、自由を奪う者にもなり得る。

 

 

この矛盾を抱えたまま、それでも自分の選択として進んでしまう。

 

 

もしかするとエレンの「自由」とは、何にも縛られないことではなく、自分が何に縛られているのかを知ったうえで、それでも自分の選択として進むことだったのかもしれない。

 

 

そしてそれは、昨日話したヘーゲルの弁証法における「矛盾を乗り越えながら、より新しい段階へ進む」という考え方とも、かなり綺麗につながってくる。

 
 
 
 
 
※本記事は個人の感想です。

 

 

 

 

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