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『DEATH NOTE』を20年後に読み返して分かった、あの漫画の本当の怖さ

2026年08月18日 20時30分

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本棚の整理をしていて、『DEATH NOTE』を久しぶりに読み返した。

軽い気持ちで1巻を開いたら、結局そのまま最後まで一気に読んでしまった。

 

 

 

 

 

連載が始まったのは2003年で、終わったのが2006年。

もう20年以上前の作品だ。

それなのに、今読んでもまったく古びていない。

 

 

 

 

むしろ、当時は気づかなかった怖さのほうが強く残った。今回はその「なぜ今も面白いのか」を、できるだけ言語化してみたい。ネタバレを含みます。

 

 

 

 

 

 

そもそも『DEATH NOTE』とは何だったのか

 

 

 

 

前提から書いておく。

原作・大場つぐみ、作画・小畑健。『週刊少年ジャンプ』で連載された、名前を書かれた人間が死ぬノートをめぐる物語だ。

 

 

 

 

主人公は夜神月(やがみらいと)という高校生。

成績優秀で品行方正、絵に描いたようなエリートである。彼が偶然デスノートを拾い、犯罪者を次々と殺していく。世間は彼を「キラ」と呼び、それを追うのが世界的名探偵Lだ。

 

 

 

 

藤原竜也と松山ケンイチによる実写映画版も広く知られているし、アニメ版も含めて今も配信で観られる。

世代を超えて触れられている作品と言っていいと思う。

ここまでは有名な話だ。

私が今回引っかかったのは、その先だった。

 

 

 

 

 

面白さの正体は「ルール」にある

 

 

 

 

 

読み返して真っ先に思ったのが、これはバトル漫画ではなくルール漫画だということだ。

 

 

 

 

 

デスノートには使用条件が細かく決められている。

 

 

顔を知らないと殺せない。

 

名前を間違えると効かない。

 

書いてから一定時間内に死因を書き足せる。

 

所有権を放棄すると記憶を失う。

 

 

 

 

こういった規則が、物語の途中で少しずつ開示されていく。

 

 

 

 

 

 

そして重要なのは、この作品の緊張感が、すべて「ルールの隙間をどう突くか」から生まれているということ。

 

 

 

 

 

 

月が勝つときも、Lが追い詰めるときも、必ず既に提示されたルールの範囲内で行われる。

後出しの新能力で逆転する場面がほとんどない。 

 

 

 

 

 

だから読者は、作中の人物と同じ情報量で推理できる。「そのルール、そう使うのか」という驚きが、そのままカタルシスになる。

これは実は、けっこう難しいことをやっている。制約が多い物語ほど、書き手は逃げ場を失うからだ。

 

 

 

 

 

作者側が自分の首を絞める形で作られた漫画。

それが『DEATH NOTE』の骨格だと思う。

 

 

 

 

 

主人公を「悪」にしたことの発明

 

 

 

 

もう一つ、当時のジャンプでこれをやったのはやはり異常だったと思う。

主人公が人を殺す。それも大量に。

 

 

 

 

 

しかも本人は正義だと信じている。

読者は月に感情移入しながら読み進めることになるが、途中で必ず「これ、自分は誰を応援しているんだ」という居心地の悪さに突き当たる。

 

 

 

 

 

 

面白いのは、作品自体は月の思想を肯定も否定もはっきりとはしないことだ。犯罪率が下がったという描写は出てくる。世界がキラを支持し始める描写も出てくる。

それでいて月の手つきは確実に人間として壊れていく。

 

 

 

 

 

 

読者は自分で判断するしかない。

この「答えを渡してこない」姿勢が、20年経っても議論が続く理由だと思う。ネットでいまだに「キラは正しかったか」という話題が回ってくるのは、作品がその問いを閉じていないからだ。

 

 

 

 

 

第二部が失速したと言われる理由

 

 

 

 

一方で、この作品には昔から根強い批判がある。

「Lが退場したあとの第二部がつまらない」というものだ。

 

 

 

 

これは私も、初読のときはそう感じた。

 

 

 

 

 

理由ははっきりしていて、Lという敵役の完成度が高すぎたからだ。月とLは、頭脳の水準が同じで、立場だけが違う。だから二人の対決は、どちらが勝ってもおかしくない緊張感があった。

 

 

 

 

 

後半に登場するニアとメロは、その役割を二人で分担する形になっている。構造としては理解できる。

 

 

 

 

 

だが、一人の人格として月と対峙する重みは、どうしても薄くなる。「Lの代わり」という枠から逃れられないのだ。

 

 

 

 

 

 

加えて、第二部は月がすでに完成された支配者になっているので、彼が焦る場面が減る。追われる緊張が薄れると、ルール漫画の面白さも一緒に減っていく。

 

 

 

 

 

それでも第二部を擁護したい

 

 

 

 

 

とはいえ、今回読み返して、第二部の評価は少し変わった。

第二部が描いているのは、対決ではなく劣化だ。

 

 

 

 

 

第一部の月には、まだ「理想のために手を汚している」という理屈があった。第二部の月には、それがない。地位を守るために殺している。目的が手段に食われている。

 

 

 

 

 

つまり第二部は、月がキラであることに疲弊し、腐っていく過程そのものを描いている。面白さのピークがLとの対決にあるのは事実だが、あの結末の惨めさは、第二部を通過しないと成立しない。

 

 

 

 

 

盛り上がりが落ちるのは、演出のミスではなく設計かもしれない。少なくとも、そう読める余地はある。

 

 

 

 

 

今この作品を作れるだろうか

 

 

 

 

 

読みながらずっと考えていたのが、これだ。

『DEATH NOTE』の推理が成立していたのは、監視カメラもネットもスマホも、今ほど万能ではなかった時代だったからでもある。今の情報環境で同じ話をやろうとすると、隠蔽も追跡もまったく違う難易度になる。

 

 

 

 

 

 

 

それに、主人公が大量殺人者という設定を、今の少年誌で通せるかどうかも分からない。当時ですら十分に挑発的だった。

 

 

 

 

 

 

 

もっとも、これは弱点ではないと思っている。

むしろ逆で、あの時代の空気を正確に閉じ込めているからこそ、今読むと当時の感覚まで一緒に立ち上がってくる。ネットの掲示板で世論が形成されていく描写や、テレビが世界の窓口として機能している感じは、今となっては歴史資料に近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこの作品は、内容が普遍的であると同時に、あの時期にしか作れなかった漫画でもあるのだと思う。名作が古びないのは、時代を超えているからだけではなく、その時代を正確に捕まえているからだ。

 

 

 

 

 

 

 

で、今読む価値はどこにあるのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正義の暴走を扱った物語、という一般論で片づけるのは簡単だ。でも、読み返して一番刺さったのはもっと個人的なところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月は最初から悪人だったわけではない。

犯罪者ばかりの世の中にうんざりしていた、頭の良い高校生だ。その気持ち自体は、たぶん多くの人が持ったことがある。彼が壊れたのは、力を持ったからでも、思想が過激だったからでもなく、引き返す機会を全部自分で潰したからだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一度目の殺人のあと、彼には戻る道があった。

 

二度目にもあった。

 

そのたびに彼は、戻らない理由を自分で用意した。

 

この積み重ねの描写が、恐ろしく丁寧なのだ。

 

 

 

 

 

 

そして、それは別に殺人の話に限らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

小さな正当化を重ねて引き返せなくなる感覚は、仕事でも人間関係でも起きうる。20年前は月を「頭のいい悪役」として読んでいたが、今は「他人事に見えない構造」として読める。歳を取ってから読み返す価値があるのは、たぶんそこだ。

 

 

 

 

 

 

 

まとめ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『DEATH NOTE』が今も読まれているのは、頭脳戦が面白いからでも、絵がうまいからでもない。

いや、それも大きいのだが、本質はそこではない気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

この作品は、読者に判断を委ねてくる。

 

キラは正しかったのか。

 

Lのやり方は正義だったのか。

 

作中で答えは出ない。

 

 

 

だから読み終えたあと、読者は自分の中で議論を続けることになる。それが20年続いている。

 

 

 

 

 

 

 

答えを出さない物語は、たいてい途中で忘れられる。忘れられずに残るのは、答えを出さないことに意味がある物語だけだ。『DEATH NOTE』は、その数少ない例なのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ読んだことがない人は、できれば一気に読んでほしい。あの加速のしかたは、細切れにすると半分も味わえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※本記事は個人の感想です。

 

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