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お祭りの迷子放送

2026年06月28日 14時57分

お祭りの迷子放送

夏祭りの夜、神社の境内は人でいっぱいだった。

屋台の明かり。
焼きそばの匂い。
子どもたちの笑い声。
遠くで鳴る太鼓。

俺は友達の亮太と二人で、地元の祭りに来ていた。

「昔より人減ったな」

亮太が言った。

確かに、子どものころはもっと混んでいた気がする。

でも、そのぶん夜の神社は少し暗く見えた。

鳥居の奥。
屋台の明かりが届かない場所には、黒い森が広がっている。

俺たちは焼き鳥を食べながら、境内を歩いていた。

そのとき、古いスピーカーから放送が流れた。

『迷子のお知らせです』

祭りではよくある放送だ。

俺は特に気にしなかった。

『白いシャツに、紺色の半ズボンを履いた男の子が、迷子になっています』

亮太が笑った。

「昔のお前みたいな格好だな」

俺も笑いかけた。

でも、次の言葉で止まった。

『お名前は、たかし君。七歳です』

俺の名前だった。

俺は亮太を見た。

亮太も固まっていた。

「お前、たかしだよな」

「……偶然だろ」

俺はそう言った。

たかしなんて名前は珍しくない。

白いシャツも半ズボンも、子どもならよくある。

だけど、胸の奥がざわざわした。

放送は続いた。

『お心当たりの方は、拝殿横の迷子預かり所までお越しください』

拝殿横。

そこには今、何もない。

昔は祭りの本部テントがあった場所だ。

でも今は使われていない。

亮太が小さく言った。

「行ってみる?」

「やめとこうぜ」

そう言いながら、俺は拝殿の方を見てしまった。

暗い石畳の奥。

提灯の明かりが途切れるあたりに、古いテントが立っていた。

さっきまで、なかったはずだ。

白い布のテント。

入口に、手書きの紙が貼られている。

迷子預かり所

亮太が息をのんだ。

「……あるじゃん」

俺たちは行かないつもりだった。

でも、そのときまた放送が流れた。

『迷子のたかし君のお連れ様。早く迎えに来てください』

スピーカーの声が、少し低くなった。

『泣いています』

俺の足が勝手に動いた。

なぜか、見に行かなければいけない気がした。

亮太が腕をつかむ。

「おい、やめとけ」

「ちょっと見るだけ」

拝殿横へ近づくにつれて、祭りの音が遠くなっていった。

屋台の声も、太鼓の音も、人混みのざわめきも、膜の向こうみたいにぼやける。

テントの中には、裸電球が一つぶら下がっていた。

受付の机。

古いパイプ椅子。

そして、椅子に座った男の子。

白いシャツ。
紺色の半ズボン。

うつむいて泣いていた。

俺は声が出なかった。

その子の服装を、俺は知っていた。

昔、母に着せられていた服。

小学校一年生の夏祭りの日。

俺は本当に、この祭りで迷子になったことがある。

母に手を引かれて帰った記憶がある。

でも、その記憶は曖昧だった。

テントの奥から、年配の女が出てきた。

浴衣姿。
白粉を塗ったような白い顔。

女は俺を見ると、にこりと笑った。

「お迎えですか」

俺は答えられなかった。

女は机の上の名簿を見た。

「たかし君ですね」

そして、俺ではなく、椅子の男の子に言った。

「よかったね。迎えが来たよ」

男の子がゆっくり顔を上げた。

俺と同じ顔だった。

七歳のころの俺。

男の子は泣きながら言った。

「遅いよ」

俺は後ずさった。

亮太が叫んだ。

「逃げろ!」

その瞬間、テントの外の放送が鳴った。

『迷子のお知らせです』

スピーカーの声は、さっきの女の声だった。

『黒いTシャツに、ジーンズを履いた男性が、迷子になっています』

俺の今の服装だった。

『お名前は、たかしさん。二十八歳です』

亮太が俺の腕を引っ張った。

俺たちは全力で走った。

でも、どれだけ走っても屋台に戻れない。

石畳。
鳥居。
拝殿。
白いテント。

同じ場所に戻ってくる。

テントの中で、子どもの俺が泣いている。

「置いていかないで」

「帰りたい」

「代わってよ」

亮太が震えながら言った。

「お前、昔ここで何があったんだよ」

俺は思い出していた。

七歳の夏祭り。

迷子になった俺は、知らないテントで待っていた。

でも、迎えに来た母は泣いていた。

「見つかったのはあなただけだった」と、あとで聞いた。

その日、一緒にいたはずの従兄弟が消えた。

俺はずっと忘れていた。

いや、忘れさせられていた。

テントの奥から、浴衣の女が出てきた。

その横に、小さな男の子が立っていた。

俺の従兄弟だった。

七歳のまま。

従兄弟は俺を見て言った。

「今度は、ちゃんと一緒に帰ろう」

亮太が俺の手を引いた。

「走れ!」

その瞬間、俺はテントの机に置かれた名簿をつかんだ。

そこには、過去に迷子になった子どもの名前がずらりと並んでいた。

その中に、俺の名前があった。

赤い線で消されている。

そして隣に、従兄弟の名前。

赤い線は、まだ引かれていなかった。

俺は名簿を破った。

浴衣の女が初めて表情を変えた。

「勝手に帰るな」

境内の提灯が一斉に消えた。

真っ暗になった。

気づくと、俺と亮太は屋台通りの真ん中に倒れていた。

周りには人がいる。
太鼓も鳴っている。
白いテントは、どこにもない。

亮太は泣いていた。

俺も立ち上がれなかった。

その日から、俺は夏祭りに行っていない。

でも昨日、実家に一通の封筒が届いた。

中には、古い迷子札が入っていた。

名前は、俺の名前。

年齢は、七歳。

裏には、子どもの字でこう書かれていた。

まだ迎えに来てないよ

 

 

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