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人形が増えている

2026年06月23日 20時10分

人形が増えている

母の実家には、人形部屋があった。

六畳の和室。
壁一面の棚に、日本人形、フランス人形、市松人形、古いぬいぐるみが並んでいる。

祖母は昔から人形集めが好きだった。

俺は子どものころ、その部屋が苦手だった。

どこを歩いても、人形の目がこっちを見ている気がするからだ。

祖母が亡くなったあと、母と俺で実家の片づけをすることになった。

問題は、あの人形部屋だった。

母は言った。

「供養に出した方がいいよね」

俺も賛成だった。

その日は、とりあえず人形の数を確認することにした。

棚から一体ずつ下ろし、紙に数を書く。

日本人形が十二体。
フランス人形が五体。
ぬいぐるみが十六体。
その他の小さい人形が二十一体。

合計五十四体。

母がノートにそう書いた。

「明日、業者さんに連絡するわ」

その夜、俺たちは実家に泊まった。

深夜。

トイレに起きた俺は、人形部屋の前を通った。

ふすまは閉めたはずだった。

でも、少しだけ開いていた。

中は真っ暗。

その隙間から、白い顔がいくつも見えた。

俺は気持ち悪くなって、ふすまを閉めようとした。

そのとき。

部屋の奥から、小さな音がした。

コト。

何かが倒れたような音。

俺は中を覗いた。

棚の一番下。

古い市松人形が、床に座っていた。

昼間は棚の上に置いたはずだった。

俺は母を起こそうか迷った。

でも、たぶん片づけのときに落ちたのだろうと思い直した。

人形を棚に戻そうと、部屋に入った。

市松人形を持ち上げた瞬間、背中がぞわっとした。

軽すぎる。

中身が空っぽみたいだった。

でも顔だけは、妙に重く感じた。

棚に戻して部屋を出る。

そのとき、背後から声がした。

「そこじゃない」

子どもの声だった。

俺は振り返った。

人形は全部、棚に並んでいる。

誰もいない。

俺はふすまを閉め、寝室へ逃げた。

翌朝。

母が人形部屋で悲鳴を上げた。

俺が駆けつけると、母はノートを持って震えていた。

「数が合わない」

昨日、五十四体だった。

でも今朝数えたら、五十五体あるという。

「どれが増えたんだよ」

「分からないの」

全部、昨日からあったように見える。

でも、確かに一体多い。

俺たちはもう一度数え直した。

五十五体。

母はすぐ業者に電話した。

ところが、人形供養の受付は一週間後になると言われた。

それまで実家に置いておくしかない。

その日の夕方、俺はスマホで部屋の写真を撮った。

あとで数を確認するためだった。

写真を見て、俺は固まった。

棚の下段。

昨日の夜に落ちていた市松人形の隣に、小さな女の子が座っていた。

人形ではない。

裸足の女の子。

髪をおかっぱに切りそろえ、赤い着物を着ている。

こちらを向いて笑っていた。

俺は慌てて部屋を見た。

そこには誰もいない。

写真の中にだけ、女の子がいる。

母に見せると、母は顔を真っ青にした。

「この子……」

「知ってるの?」

母は震えながら言った。

「おばあちゃんの妹」

祖母には、幼いころに亡くなった妹がいたらしい。

名前は、千代。

赤い着物が好きだった。

昔、その子に似せた市松人形を作ってもらったと聞いたことがあるという。

俺は棚の市松人形を見た。

その顔が、写真の女の子と同じに見えた。

その夜。

人形部屋から、声が聞こえた。

「いち」

「に」

「さん」

子どもが数を数えている。

母と俺は布団の中で固まっていた。

「よん」

「ご」

声はゆっくり続く。

「ごじゅうさん」

「ごじゅうよん」

そこで止まる。

そして、少し楽しそうに言った。

「ごじゅうご」

その瞬間、人形部屋で何かが一斉に動く音がした。

コト。

コト。

コト。

俺は母を連れて、すぐ家を出た。

翌朝、近所の人に付き添ってもらい、実家に戻った。

人形部屋のふすまは開いていた。

棚の人形は、全部こちらを向いていた。

昨日までは、正面や横を向いてバラバラに置かれていたのに。

そして、畳の上にノートが置かれていた。

母が昨日、数を書いたノート。

ページを開くと、俺の字でも母の字でもない、子どものような字で書かれていた。

まだ たりない

数えると、人形は五十六体になっていた。

増えたのは、俺たちが持っていたはずの近所の人の携帯ストラップだった。

小さなクマの人形。

近所の人は青ざめた。

「これ、バッグにつけてたはずなのに」

それから供養の日まで、俺たちは実家に近づかなかった。

一週間後、業者と一緒に人形部屋を開けた。

人形は、六十体になっていた。

増えた六体が何なのかは分からない。

ただ、そのうち一体だけ、どう見ても人形ではなかった。

祖母の遺影の顔に、布の体を縫いつけたものだった。

供養はされた。

実家も処分した。

もう終わったと思っていた。

でも昨日、母から電話が来た。

「あなた、何か人形持って帰った?」

「持って帰ってないよ」

母は泣きそうな声で言った。

「玄関に、知らない人形があるの」

写真が送られてきた。

そこには、小さな市松人形が写っていた。

赤い着物。

おかっぱ頭。

そして人形の横には、紙が一枚置かれていた。

子どもの字で、こう書かれていた。

つぎは あなたのへやで かぞえるね

 

 

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