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~怖い話~仏壇から聞こえる声

2026年06月16日 19時10分

仏壇から聞こえる声

父が亡くなってから、実家の仏壇は母が毎朝きれいにしていた。

線香をあげる。
水を替える。
小さな茶碗にご飯をよそう。

母は毎日、仏壇に向かって話しかけていた。

「今日は雨ですよ」
「庭の梅が咲きましたよ」
「息子がまた全然帰ってきませんよ」

俺は正直、少し苦手だった。

死んだ人に話しかけても返事はない。

そう思っていた。

ところが、父の一周忌が近づいたころ、母から電話が来た。

「お父さんがね、返事するの」

最初は、母が寂しさでおかしくなったのかと思った。

「仏壇の中から、声がするのよ」

俺は翌日、実家へ帰った。

母は思ったより普通だった。
ただ、仏壇の前だけ妙に片づいていた。

花は新しい。
線香立ても磨かれている。
父の遺影は、いつも通り穏やかに笑っていた。

「いつ聞こえるの?」

「夜中。だいたい二時くらい」

「父さんの声なの?」

母は少し迷ってから言った。

「最初は、お父さんだった」

その言い方が引っかかった。

その夜、俺は居間で母と一緒に待つことにした。

午前二時。

家の中は静まり返っていた。

古い柱時計だけが、カチ、カチ、と鳴っている。

母が仏壇の前に座り、手を合わせた。

「お父さん、いますか」

しばらく何も起きなかった。

やっぱり気のせいだ。

そう思った瞬間。

仏壇の奥から、かすかな声がした。

「……いるよ」

俺は全身が固まった。

確かに父の声だった。

低くて、少し掠れた、懐かしい声。

母は泣きそうな顔で笑った。

「ほらね」

俺は仏壇を見つめた。

扉の中には位牌と遺影しかない。

スピーカーなんてあるはずがない。

「父さん?」

俺が呼ぶと、声は少し遅れて返ってきた。

「久しぶりだな」

その瞬間、胸が詰まった。

父が亡くなる前、俺は仕事を言い訳にして、あまり見舞いに行かなかった。

最後に会った日も、ろくに話さなかった。

俺は震える声で言った。

「ごめん。もっと帰ってくればよかった」

仏壇の中から、父の声がした。

「いいんだ」

母は泣いていた。

俺も泣きそうになった。

でも、そのあとに続いた言葉で、涙が止まった。

「それより、開けてくれ」

俺は顔を上げた。

「何を?」

「奥だ」

仏壇の奥?

母が慌てて言った。

「だめ。開けちゃだめ」

俺は母を見た。

「前にも言われたの?」

母は小さくうなずいた。

「最初は普通に話してくれたの。でも、少しずつ同じことしか言わなくなった」

仏壇の中から、父の声がした。

「開けてくれ」

母は耳を塞いだ。

「昨日はね、お父さんの声じゃなかった」

「誰の声だったの?」

母は泣きながら言った。

「私の母の声」

俺の祖母は、父よりずっと前に亡くなっている。

そのとき、仏壇の中の声が変わった。

「開けておくれ」

祖母の声だった。

優しくて、懐かしい声。

子どものころ、よく菓子をくれた祖母の声。

俺は思わず仏壇に近づいた。

母が叫ぶ。

「だめ!」

仏壇の中で、カタ、と音がした。

位牌が揺れた。

そして、祖母の声が急に低くなった。

「なんで開けない」

部屋の空気が冷たくなった。

線香の煙が、仏壇の奥へ吸い込まれていく。

まるで中に穴があるみたいに。

俺はスマホのライトをつけて、仏壇の中を照らした。

位牌の後ろに、黒い隙間があった。

前からあっただろうか。

仏壇の背板が、少しだけ浮いている。

その隙間の奥から、何かがこちらを見ていた。

目だった。

人の目。

父でも、祖母でもない。

知らない誰かの目。

俺は後ずさった。

すると声が、また父に戻った。

「頼む」

今度は、泣いているような声だった。

「暗いんだ」

母が震えながら言った。

「お父さんは、そんなこと言わない」

「何で分かるんだよ」

「お父さん、暗い場所が好きだったもの」

変な理由だった。

でもその一言で、俺は正気に戻った。

仏壇の中の声は、父の記憶を使っているだけだ。

俺たちが開けるのを待っている。

俺は仏壇の扉を閉めようとした。

その瞬間、内側から強い力で扉が押し返された。

バンッ。

母が悲鳴を上げた。

仏壇の中から、何人もの声が重なって聞こえた。

「開けて」

「開けて」

「開けて」

父。
祖母。
知らない女。
小さな子ども。
俺の声まで混じっていた。

「開けてくれ」

俺は無理やり扉を閉め、仏壇の前にあった数珠を巻きつけた。

声はしばらく続いたが、朝方には消えた。

翌日、寺の住職に来てもらった。

住職は仏壇を見るなり、顔をしかめた。

「これは、仏さんが喋ってるんじゃないです」

住職は仏壇の裏を確認した。

壁との隙間に、古い紙が挟まっていた。

黄ばんだ御札。

そこには、かすれた字でこう書かれていた。

口をふさぐ

住職はすぐに仏壇を引き取ると言った。

母は泣きながら頷いた。

その夜から、実家で声はしなくなった。

母も少しずつ元気になった。

でも、一ヶ月後。

俺の部屋に、小さな仏壇が届いた。

送り主の名前はなかった。

中には、父の位牌が入っていた。

母に電話すると、実家の仏壇から位牌はなくなっていないと言う。

じゃあ、これは何だ。

そう思ったとき。

仏壇の中から、俺の声がした。

「やっと、二人きりだね」

 

 

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