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一度でいいから食べてみたいもの

2026年04月17日 20時46分

「一度でいいから、食べてみたいんです」

 

 

そのおばあさんは、毎週うちの総菜屋に来て、そう言ってはショーケースの奥をじっと見ていた。

 

 

見ているのは、店の名物でも何でもない、ただのローストビーフ。
少し高いからか、いつも値札を見て、ため息をついて帰っていく。

 

ある日、閉店間際にまた来た。
店には俺ひとり。

 

「一度でいいから、食べてみたいの」

 

そう言う声が、前より少しかすれていた。
気まぐれだった。
売れ残りだし、どうせ廃棄になる。
俺はパックを袋に入れて、そっと渡した。

 

「今日はサービスです」

 

おばあさんは目を見開いて、何度も何度も頭を下げた。
その手は異様に冷たかった。

 

翌週。
また、おばあさんが来た。

 

同じ服。
同じ笑い方。
そして同じように、ショーケースの奥を見ている。

 

「あれ、先週お渡ししましたよね?」

 

そう言うと、おばあさんはきょとんとした。

 

「え?」
「私、ずっと入院してたのよ。昨日、やっと帰ってきたの」

 

背中が冷たくなった。

 

気味が悪くて、休憩中に店長へその話をした。
すると店長の顔色が変わった。

 

「その人、もしかして…佐々木さんか?」
「三日前に亡くなったぞ」

 

冗談だと思った。
でも店長は、レジ下から古い自治会報を出してきた。
そこには、あのおばあさんの顔写真。
間違いなかった。

 

その日の閉店後、どうしても気になって、防犯カメラを見返した。

 

俺が袋を差し出している。
受け取っている。
頭を下げている。

 

でも次の瞬間、映像の端で妙なことに気づいた。

 

おばあさんの手が、袋じゃなくて――
ずっと俺の左腕を撫でていた。

 

画面越しでも分かるくらい、嬉しそうに。

 

その翌日から、腕に歯形みたいな痣が出た。
病院に行っても原因不明。

 

しかも日に日に増えていく。
肩、首、背中。

 

まるで少しずつ、味見されているみたいに。

 

昨夜、寝ていると耳元で声がした。

 

 

「ありがとう。
やっと食べられた。
でもね――」

 

 

そこで、ぞっとするほど近くで、
舌なめずりの音がした。

 

「一度じゃ、足りないわ」

 

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