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末路

2026年08月31日 22時10分

末路――メダルの先に、人生は続く

先日、競技射撃を長年続けてきた方に会った。

その方は、オリンピックで銀メダルを獲得した経験を持つ。

つまり、ただ射撃をやっていた人ではない。

世界の頂点まで、あと一歩。

才能も努力も実績も、普通の人間とは比較にならないレベルの選手である。

そんな方と、私はその日が初対面だった。

ところが、話し始めて10分もしないうちに、こんな言葉が出てきた。

「なにか仕事ないですか?」

私は、この一言が妙に頭に残った。

オリンピックで銀メダルまで取った人が、初対面の人間に仕事がないかと尋ねている。

これもまた、華やかなスポーツの世界ではほとんど語られない、**オリンピアンの一つの「その後」**なのだと思う。


■ スポーツは残酷なほど「才能」に左右される

もちろん努力は必要だ。

しかし、競技スポーツの世界では、努力だけでは越えられない壁が確実に存在する。

身体能力、反射神経、視力、体格、集中力、競技適性。

そして、それらに加えて環境と運も必要になる。

だから、競技を始めた人間全員が最後まで続けるわけではない。

大部分の人は、どこかで自分の限界を知る。

そして見切りをつけて去っていく。

あるいは趣味として適度な距離を置く。

これは決して悪いことではない。

むしろ人生全体を考えれば、「いつ撤退するか」を判断する能力も重要な才能だと思う。

問題は、中途半端に才能がある場合だ。

県で勝つ。

全国で勝つ。

日本代表になる。

国際大会に出る。

オリンピックに出る。

メダルを取る。

結果が出れば出るほど、

「ここまでやったのだから、もう少し」

となる。

そして気がつけば、20代、30代、場合によっては40代まで、人生の大部分を一つの競技に投入している。

これは成功でもある。

しかし同時に、非常に大きなリスクでもある。


■ メダルは「老後」まで食わせてくれない

私は以前から、

「オリンピックに出てメダルを取っても、次の月には世間の大部分は名前すら覚えていない」

と言ってきた。

もちろん、これは多少極端な表現である。

金メダリストやスター選手なら、その後もテレビ、広告、講演、指導者などで活躍する人はいる。

しかし、それは一握りだ。

考えてみれば分かる。

前回のオリンピックで銀メダルを取った日本人選手を、何人言えるだろうか。

銅メダリストならどうだろう。

では10年前は。

20年前は。

競技人口の少ない種目まで含めて、フルネームを何人言えるだろう。

ほとんどの人は答えられないはずだ。

オリンピック期間中は、

「日本中が感動!」

「歴史的快挙!」

「日本の誇り!」

と報道される。

しかし大会が終われば、世間は次のニュースへ移っていく。

本人にとっては人生を懸けた20年間でも、世間にとっては数日間のニュースなのである。

ここを勘違いしてはいけない。


■ 本当に難しいのは「引退してから」である

では、引退後に指導者になればいいではないか。

そう考える人もいるだろう。

ところが、これも簡単ではない。

競技を続ける人間そのものが限られている以上、指導者を必要とする市場も当然限られる。

プロ野球やサッカーのような巨大市場なら別だが、競技人口の少ないスポーツでは、指導者の席そのものが少ない。

しかも、

「世界トップクラスの選手だったこと」と「経済的価値を生み出せること」は別問題である。

これが資本主義の厳しいところだ。

100メートルをものすごく速く走れる。

標的の中心をものすごく正確に撃てる。

誰よりも高く跳べる。

それ自体は素晴らしい能力である。

しかし市場では、

「その能力に誰が、いくら払うのか」

という別の問題が発生する。

競技能力と市場価値は、必ずしも一致しない。

だから世界レベルまで到達した人でさえ、競技を離れた瞬間に収入で苦労することがある。


■ 才能がある人ほど危ない

これは皮肉な話だと思う。

才能がまったくなければ、早い段階で諦められる。

普通に学校へ行き、就職し、仕事を覚え、社会人としての経験を積む。

ところが才能がある人ほど勝ってしまう。

勝つから辞められない。

周囲も、

「オリンピックを目指せ」

「ここまで来たんだから続けろ」

「才能を無駄にするな」

と言う。

本人も夢を見る。

そして年月だけが過ぎていく。

だから私は、若いスポーツ選手に必要なのは、

「夢を諦めるな」という言葉だけではない

と思っている。

むしろ必要なのは、

「その夢が終わった翌日から、どうやって飯を食うのか」

という教育だ。

競技を続けながら資格を取る。

大学へ行く。

仕事を経験する。

投資を勉強する。

商売を覚える。

人脈をつくる。

競技以外の収入源を持つ。

こうした準備を同時進行でやるべきなのである。


■ 「公務員選手」が合理的に見える理由

だから私は以前から半分冗談、半分本気で、

「オリンピックなんて、公務員以外は目指しちゃいけない」

と言っている。

警察、自衛隊、自治体などに所属しながら競技を続けられる選手なら、まだ話は違う。

競技人生が終わっても、仕事が残る可能性があるからだ。

企業スポーツでも、引退後の雇用やキャリアがきちんと保証されているなら同じである。

問題なのは、

人生のすべてを競技だけに賭けてしまうことだ。

メダルを取れば人生が完成するわけではない。

表彰台を降りた瞬間からも、

家賃はかかる。

食費はかかる。

税金もかかる。

親は老いる。

自分も老いる。

そして人生は何十年も続いていく。


■ 一時の名誉より、長い人生

スポーツをやるなと言っているのではない。

スポーツには素晴らしい価値がある。

本気で何かに挑戦する経験も、世界の頂点を目指す経験も、金では買えない。

ただし、

「金では買えない経験」と「金がなくても生きていける」は、まったく別の話だ。

人生は表彰式で終わらない。

むしろ、その後のほうが圧倒的に長い。

銀メダルを首に掛けた人が、初対面の私に、

「なにか仕事ないですか?」

と尋ねた。

この一言は、下手な人生論より重かった。

夢を追うのはいい。

オリンピックを目指すのもいい。

メダルを目指すのもいい。

しかし同時に考えておかなければならない。

メダルを取った翌日から、自分は何をして飯を食うのか。

なぜなら、

名誉は履歴書には書けても、毎月の生活費を払ってくれるとは限らない。

人生で本当に大切なのは、一瞬だけ拍手を浴びることではない。

その拍手が止んだあとも、自分の力で生き続けられることである。

だから私は思う。

一時の名誉より、銭。

言い方は下品かもしれない。

しかし人生は長い。

そして残念ながら、現実の生活は拍手ではなく、銭で回っている。

 

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