大きな墓 - きいちゃん - Lounge JASMINE・ジャスミン - 大船のクラブ/ラウンジ
Lounge JASMINE (ジャスミン)
大船 ラウンジ
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大きな墓
2025年04月03日 14時50分
大きな墓
あくる日の朝、とだけ書いて止めた。
日記を書くという習慣はもう二年になるだろうか。
節子から影響されて始めたものだった。
どうにも書きたくない。
否、書けば俺にとって不都合だ。
不都合な真実は俺の方が書かなくても、きっと節子が書き留めているに違いない。
俺は酷い男だった。卑しく狡猾であったのだ。
生きていく為、という様な言い訳をするべきではない。
たった一人、絶対に俺を信じてくれていた節子を裏切ってしまったのだから。
そして節子は俺の嘘すら否定をせずに涙を流してくれたのだった。
「金木犀だな」
金木犀は節子の好きな香りだった。
部屋の芳香剤や洗濯物の柔軟剤に至るまで拘って金木犀の香りを使っていた。
懐かしい香りに仕事からの帰路がほんの少し彩る。
その香りのする方へ足を向けてみると神社の境内にある小高い丘へ着いた。
丘の上では金木犀の木が構えている。
俺はあまりこの街を知らない。
逃げる様にしてこの街にやってきた。
部屋から駅までの道と、主治医のヤブ医者がいる病院と近所のコンビニ、それくらいしか知らないのである。
そしてそれで十分だった。
だから今日みたいな、いつもは通り過ぎてしまう細道をふと入ってみたときには何処か遠くの街へ旅に来たかの様に心細く、夕焼けも相まって物悲しい。
金木犀のそばに腰を下ろすと何やら小さな案内書きが目に入った。
『長滝台古墳』と書かれている。
どうやら俺の座っているこの小高い丘は古墳らしい。
もう二十年も前に歴史の授業で習った古墳はもっと大きく何重かの堀に囲まれていた。
特別、関心があったわけではないのだが「馬鹿らしいな」と思ったのでよく覚えている。
いかに立派な立場の人物であったのかはしれないが、あんな馬鹿でかいものを作らせる為政者というのはきっとロクでもない。
千人近い人間を何年も重労働させて自分の墓を作らさせるなんて、どうかしている。
そもそも俺は無神論者なのだ。
神仏の類はきっとファンタジーだろう。
もし、いたとしても俺のような酷い男を救ってはくれまい。
故にここまでの悪事を重ねてこられたのである。
従って俺には葬式もいらなければ戒名も必要ない。
まして墓などになんの意味も価値も見出せない。
けれど結局は俺の死後は共同墓地か、何処か適当に収まりの良いところに行くのだろう。
そこに抵抗するほどの関心もない。要は面倒なのである。
しかし、この小高い丘はそう考えると幾ばくか謙虚さを感じる。
一人の人間の墓としては大きいのだが、それでも同時代の古墳、それこそ歴史の授業に出てきた様な古墳に比べれば謙虚だろう。
少しはマシな為政者だったのかもしれない。
舞台は変わり、或る時代。
気候が穏やかで湧水が尽きない豊かな土地の小高い丘にある金木犀の木のそばで遠くに山の頂きを眺めながら男が思案に耽っている。
つい先日、私の父が死んだ。
古来からの例によって父は神々が住むと畏怖される山に埋葬された。
父ほど大王から信頼され、民から慕われた人間を他に知らない。
他国との戦で名を馳せた祖父も立派であったが、父は平時の政治において立派な人物であった。
私はといえば月並みで、どちらかといえば失敗しない様にと生きてきた。
父の名を汚さぬように、なるべく目立たぬ様に。
優れた二人の兄がいたのでその様な生き方が出来たのである。
が、腕っぷしが自慢の長兄は先の戦で亡くなり、勉学が取り柄の次兄も政敵に毒を盛られ亡くなった。
故に私が父の後を継ぐ事となってしまった。
幸いにも私の息子はまだ少年ながらも溌剌としており聡明である。
この子が後を継ぐまでの間、何とか家を守れさえすればそれで良い。
戦続きの先代ならいざ知らず、当代の大王は穏やかな御仁であり隣国ともまあ、上手くやるだろう。
目立たなくて良い。のらりくらりと何とか十年ほどやり過ごせれば良い。
そんな私にも大きな悩みがある。
こればかりは私の代で何とかしなければならない。
墓について、である。
先祖の亡骸それぞれに一つの山をあてがってきた為、いくら豊かな土地とは言えども私の領内にはもう山がないのである。私の代以降の墓をどうするのか。それが私の大きな悩みなのである。
私、個人としては墓などどうでもよく庶民と同じ様に共同墓地にでも埋葬してくれれば良いのだがこういう時に古い家系というのは厄介で親戚連中からは「家格を下げてくれるな」と煩く言われている。
長兄ならば戦の機会をじっと待って戦果を上げ隣国の領地を褒美として貰い解決しただろう。
次兄ならば政治で大王を補佐し、やはり褒美をもらい解決しただろう。
私には何もないが何とかしなくてはならない…。
数年ほど経ったある日、私は大王に呼ばれ海の向こうにある大国から来た使者の饗応役を命じられた。
海千山千の他の者では何が起こるか分からず私ならば大それたこともやりはしないだろうと大王は笑っていた。
これもある種の信頼であろう。
使者は一月の間、我が家に滞在することとなった。
食卓を囲んでは色々と異国の話を聞かせてくれ、息子は常にあれこれと質問をしていた。
やはり海の向こうは相当に進んだ文明を持っている様である。
こうなると気になるのは異国の墓事情である。
「私も一つ聞きたいのですが貴国では墓というのはどうしているのですか。例えばあなたの家の墓などは」
アナタ、と妻が私を諌めた。
しまった。
食事の折にする話ではない。
「あはは。良いですよ。気にしないで下さい。私の国では丘の様に盛土をして石を敷き、その上に石の棺を置いて墓とします。身分によって墓の大きさも変わっては来ますが、私の家の墓は凡そ縦に一二○歩、横に四○歩ほどの大きさでしょうか」
何ということであろう。
優れた文明というのはこうも明快に私の悩みを解決してくれたのである。
山がないならば小高い丘を作れば良いのか。
これならば末永く領内に墓が作れるし共同墓地と違って家格を落とすこともない。
私は使者殿に礼を良い、生まれて初めて明日に希望を持ち床に就いた。
次の日から私の墓作りは始まった。
領民を家に集め話して聞かせた。
大きさは縦に六○歩、横に二○歩。使者の家の墓の半分である。
凡庸な私の墓はこれで良い。
「農作業の終わった後で良いからよろしく頼む」
領民達も「私らにも優しく接してくださる他ならぬ貴方様の仰ることならば」と言ってくれた。
そこから五年の月日が流れ、私の墓は完成した。
台風に見舞われ石が崩れたこともあったが幸いにも怪我人はなく、また規模を小さくしたことで領民も無理なく農作業との両立をしてくれ、無事に秋には稲穂を収穫することができた。
変わったことといえば最近、どうも胃の臓が痛む。
日に日に力を失っていくのが分かる。どうにも先がない様である。
私は墓の前にいつの間にか立派な大人へと成長した息子を呼んだ。
「私はお前の曾祖父様やお爺様、叔父達に比べれば何と凡庸な人生を生きただろう。何をしたという事もない。晩年は墓を作るために生きた。後世、おかしな人間がいたと笑われるかも知れないな。お前には私と違って才がある。大王も何かとお前の事を気にかけて下さる。王とこの国の民の為に存分にその才を発揮しなさい」
「父上、私は父上を尊敬しております。いつだって父上は民に負担を強いる様な事はなさいませんでした。いつぞやの台風の折も田畑を荒らされた民は父上の墓の工事のおかげて食に困らず、また新たに土を耕す事を諦めなかったのです。誰の為の戦でしょう。誰の為の勉学でしょう。父上はお祖父様や叔父上達に勝るとも劣らない優れた君でございました」
「ふふふ。誠にお前が後継で良かった。そんなお前には必要の無いことやも知れぬが祭司に命じて私の墓の上に立つ金木犀に二つまじないをかけておいた。一つは我が国の安寧。もう一つはかつての私の様に自分自身の事をどうしようもない駄目な人間だと思っている者に向けてのまじないだ。なに、必要がなければないに越したことはない。お前でなくでも私の民のうち誰が来ても良いのだ」
まもなく息子に後を譲り私は死んだ。
棺は死を悲しむ千人もの人々の手を伝い『気候が穏やかで湧水が尽きない豊かな土地の小高い丘にある金木犀の木のそば』にある墓へと運ばれた。
俺はまるで変わった夢を見た様だった。
都会にも狐や狸というのは今でもいるのだろうか。
気がつけば辺りは暗くなり、そういった類のものを信じない俺にとっても夜の神社というものは不気味だ。
どうも胸が痛む。
ちくしょう、ヤブ医者の野郎。本当にどうも悪いらしい。
あとどれくらい生きられるのだろう。一年だろうか、三年だろうか。
…。墓なんてものは要らないんだ。
そんなものはただの入れ物だ。
それにな、俺はまだ生きている。
しかし今日はどこかいつもと違った。
何年間もずっと同じ様な毎日だったはずなのに、いつもは通り過ぎる細道をふと入ったら変な夢を見ちまった。
金木犀の香りがしたからなんだよなぁ。
いつか風の便りで俺が死んだって聞いたら節子は悲しむだろうか。
悲しまないよな、酷いことしちまったから。
謝っても許しちゃくれないよな。
冷えるなぁ、帰ろう。
あくる日の朝、俺は再び日記を開いた。
二年も続けていた日記が、これまでの自分を映し出している。
節子のことを書かずにはいられない。
彼女を裏切ったこと、悲しませたこと、それらの思いを一つずつ綴ろうと決めた。
これまで書かなかったことが今はどうしても書きたい。
日記のページはまだまだ残っている。
窓からは心地よい風に乗って懐かしい香りが入ってくる。
この辺りにも金木犀の木があるのだろうか。
※昨年、某賞レースの為に書いたショートショートを公開します。落選したので供養です。
❁.。.:✽:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:✽:.。.✽:.。.❁
プロフィール
名前:きいちゃん(キイチャン) [34才/スタッフ]
T178
肩書き:歩くデンモク
血液型:O型
前職:その他・メーカー法人営業
出身地:神奈川県
誕生日:7月1日
お酒・タバコ:弱い・吸う
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